うちの田舎のおばあちゃん、よわい91歳。今年に入って3回新聞の配達をやり返している。
「もう目が見えないから要らない。」「やっぱり寂しいからほしい。」その日の体調で言うことがころころ変わるが素直な気持ちだから仕方がない。
程度の差はあれ、人間はみな同じだ。今日思ったことも明日は違うことなんてしょっちゅうある。
しかし、いうことがころころ変われば社会生活なんて営めたもんじゃない。もともと不定義な生き物が確かな定義を求め実社会は発達した。0か1かのコンピュータなんて際たるもんだ。
冷蔵庫の残り物をインプットすれば料理のレシピがでて、郵便番号を打込めば、地図も要らない。おかげで最近は漢字も書けなきゃ、道も覚えられない。
このままコンピュータが進化したら、人間考えることがなくなるんじゃないかと本気で心配になる。
当然、安全保障やライフラインなどに係わる分野はますますテクノロジーが進化してほしい。
しかし人間はせっかく神様から宗教や芸術、感性・感情というすばらしい贈り物をいただいているのだからこれらを助成してくれる、うちのおばあちゃんの茶飲み友達になってくれるコンピュータ成らぬ感ピュータの発明を期待しちゃいます。
ちなみにどんな天気予報より、うちのおばあちゃんの雨予報のほうが当たるゾ。
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